私は、バスケットボールを通じて、“自分の良いところ”
そして“他人の良いところ”を認められる選手を育てたい

青年海外協力隊を経て、ERUTLUCの海外事業部として豊富な海外経験を持つ水野慎士コーチ。「日本で一番多く世界とのチャンネルを持つバスケットボールの指導者」を目指す彼は、国境を越えて身につけたバリエーション豊富な指導法で、着実にスキルアップへと導いていく。その指導を通じて生徒たちに伝えるのは、世界に出ることの重要性、そして素晴らしさだ。

 

世界を知らずに世界は教えられない
青年海外協力隊への参加を決意

小学生の頃からバスケットボールに打ち込み、高校では公立ながら愛知県優勝を果たすなど充実した選手生活を送った。早くからバスケットボールの指導者を志し、部活動で指導できる教員を目指して千葉大学教育学部に進学した。大学ではバスケットボールサークルに入り、そのサークルの先輩の紹介でミニバスケットボールチームのコーチをするなど、勉学の面でも、生活の面でも目標に向けて順調だった。しかし大学三年生のとき、水野慎士コーチは心に引っ掛かりを覚えた。

「大学では社会科の世界史を専攻していました。でもそのとき、僕は海外旅行すらしたことがなくて、『世界を知らない人間が、どうやって社会を、世界史を教えるんだ?』という思いを抱いたのです。だから、世界に出ようと決意しました。それも旅行ではなくて、年単位の長い期間、生活をして世界を経験しようと思いました」

世界に出るための方法を調べ、現実的な案をいくつかピックアップした。そのなかからさらにメリットとデメリットを精査し、『青年海外協力隊』が自分にとってベストであると導き出した。保障面はもちろんだが、何より発展途上国に貢献できるところに魅力を感じた。

「無事試験をパスしましたが、合格して即派遣とはなりませんでした。マッチする国が見つかるまで待つ必要があったのです。大学卒業後に何をするかを考えて、協力隊に派遣されるまでは非常勤講師として学校で働くことも考えていました。しかし、非常勤講師として採用通知をいただいたのと同じ日の夜に鈴木(良和)さんから『四月から事務所も構えて本格的にこの活動をスタートさせるから一緒にやらないか』と声をかけていただきました」

現在のERUTLUC代表・鈴木コーチとは、大学の先輩と後輩。水野コーチが大学生のとき、鈴木コーチは大学院生として千葉大学に在籍していた。バスケットボールを通じてつながりを持ち、大学四年生のはじめ頃からERUTLUCの前身となる活動の手伝いをしていた。水野コーチの卒業は鈴木コーチが活動を本格化するタイミングと重なっており、不意に生まれた空白期間に示し合わせたように訪れた誘いに、水野コーチは運命的なものを感じたという。

「協力隊にはバスケットボールコーチとしての派遣が決まっていたので、派遣国が決まるまでの期間を指導の現場で学んで過ごせるのはありがたいことでした。青年海外協力隊のことを伝えつつ、『お世話になります』と返事をしました。お金をいただきながら指導のプロとして取り組むなかでかなり勉強できたので、派遣先で指導法に困るということはほぼありませんでした」

 

『アクノリッジ』=相手を認める
ジンバブエで見つけた指導理念

派遣先はアフリカのジンバブエに決まり、二年間を過ごした。現地では大学のヘッドコーチを務めながら、ナショナルチームにも参加したり、近隣の小中学校を巡回したりと幅広いカテゴリーを指導することができた。文化、慣習がまるで違う国での日々は刺激的で、人生観が大きく変わっていった。

「ジンバブエの人たちは、物事に対する考え方が当然ながら日本人の僕とは違うのです。宗教的な部分もあるだろうし、時間の概念や、他者への思いやりなど……。ジンバブエで過ごすなかで違うことが当たり前だということを知り、自分と違う考え方を持っている人を、自然と受け入れられるようになりました」

水野コーチはジンバブエでの活動を通して、現在の指導理念につながる考え方を手に入れた。『アクノリッジ』はビジネスの現場などでもよく使われる用語で、『相手を認める・承認する』行為のことをいう。ジンバブエのミーティングでは、選手同士やコーチ間でそれぞれの良かったところを認め合うアクノリッジが日常的に行われた。日本では聞いたことすらなかった言葉に、水野コーチは感激した。

「日本では反省がよく行われますよね。ただ、課題を挙げこそすれ、良かったところを認めるのはすごく稀だと思います。改善点を突き詰めることもそれはそれで良いことですが、それこそジンバブエとの文化の違いを目の当たりにして、良かったところを見つけていく彼らに大きな影響を受けたのです」

帰国後、ERUTLUCに戻った水野コーチは早速、アクノリッジを指導に導入した。ジンバブエから持ち込まれた新しい試みを他のコーチたちも支持し、今では生徒たちはもちろん、コーチ同士でもお互いの良いところを発表し合うなど、アクノリッジはERUTLUCの文化として根づいている。

「選手たちには、その日の練習でそれぞれの良かったところを話し合わせています。課題や悪い部分というのは目につくからすぐに見つけられるのですが、良かったところは探さないと見つけるのが難しい。アクノリッジをすることで、相手の努力や頑張りを見つけ出せるようになるのです。まずは人の良かったところを探せるようになって、ゆくゆくは自分の良かったところも発表できるようになってくれたら嬉しいですね」

 

世界とつながる機会を提供する
海外事業部の大きな役割

指導員と並行して、水野コーチは海外事業部の業務にも取り組む。「日本で一番多く世界とのチャンネルを持つバスケットボールの指導者になりたい」と語り、アメリカはもちろん、ヨーロッパの強豪国のメソッドを数多く日本に持ち込んでいる。とりわけスペインのバスケットボールに興味を惹かれ、現在までに片手では足りない回数の渡西を経験している。

「海外からコーチを連れてきてクリニックを開催したり、自分でも学んだことをフィードバックして指導をしたりすることで、子どもたちに世界との接点を作ることが海外事業部の大きな役割です。また、指導者の方々に海外から学べる機会を提供する活動にも力を入れています。海外のバスケットボールから得た知識を周囲にシェアし、海外へのコーチツアーを企画することもあります。ERUTLUCは『より良い環境を提供する』ことをミッションのひとつに掲げていて、それには子どものみならず指導者の方々への環境提供も含まれるのです」

水野コーチの海外事業は、バスケットボールの上達だけにとどまらない。さまざまなイベントを通して、世界とつながることの重要性、そして素晴らしさを伝えていく。そのために開催しているひとつに『オールスターキャンプ』がある。このキャンプでは、生徒を集めてヨーロッパに渡り、現地にいる同年代の選手たちと合宿をする。現地の選手たちと生活をともにすることで、生徒たちはより身近に世界を感じることができる。

「子どもたちに世界を見てもらいたい、羽ばたいてもらいたいという想いがあります。選手としてのレベルアップはもちろんのこと、人間的な部分でも若いうちから多様な文化に触れるのはとても大事なこと。十五、六歳くらいで世界に出て、その国の選手たちと同じ時間を過ごすことは、ただ海外のコーチに教えてもらうということ以上に、とても良い経験になると思うのです」

発展途上国にバスケットボールコートを作るための寄付を募る『チャリティークリニック』も特徴的なイベントだ。『より良い環境を提供する』ミッションを日本のみならず世界に広げることが最大の目的だが、日本の子どもたちに世界の広さを伝えるテーマも含まれている。

「チャリティークリニックでは、参加してくれた生徒たちに発展途上国の映像を見せるなどして、日本とは違う状況があることを伝えています。穴ぼこだらけのコートでバスケットボールをしている子どもたちが世界にはいて、その状況がチャリティーによって改善されもする。そういうことを知って、子どもたちに視野を広げてほしいのです」

水野コーチにとって、世界はとても近い場所にある。スーツケースひとつで軽々と国境を渡っていく彼の背中に引っ張られるように、子どもたちは世界を夢見てあらゆるボーダーを飛び越えていくことだろう。

PROFILE

水野慎士(ミズノシンジ)
1981年7月12日生まれ。
愛知県名古屋市出身。
得意指導分野=チーム指導&
基礎個人技能。

詳しいプロフィールはこちら

PHOTO_ 長谷川 拓司  TEXT_ 長谷川 創介