私は、バスケットボールを通じて、人に感動を与え、
人と感動することができる選手を育てたい
涙を流すほどの感動は、かけがえのない体験になる。バスケットボールを通して生徒たちに『感動』を伝えるべく指導にあたる関谷悠介コーチは、常にエネルギッシュだ。感動のベースには全力があり、全力を出すためにはエネルギーが不可欠になる。彼は自身が纏う熱意と情熱で、感動へ至るための重要なメッセージを生徒たちの心に染みわたらせていく。
子どもたちに貢献することが
自分の人生の充実につながる
教員を目指すべく、千葉大学に入学した関谷悠介コーチは、男子バスケットボール部に入部した。体育館の扉を開くと、一人の青年が学生たちを指導していた。柔らかな笑みを浮かべるその青年こそが当時、千葉大学の大学院生として学びながら、男子バスケットボール部のコーチをしていた、ERUTLUC代表・鈴木良和コーチだった。
「すごく優しくて、物腰の柔らかい人だなっていうのが第一印象。僕は中学からバスケットボールに取り組んできましたが、それまで鈴木コーチのような指導者には出会ったことがなかったので、すごく印象的でした」
鈴木コーチに教わる日々はとても楽しかった。彼が語る壮大なビジョンや夢の話は刺激的で、ときには叱られることもあったが、その言葉ひとつひとつが自分の成長につながる実感があった。鈴木コーチは大学院生の当時から、現在のERUTLUCの前身となる、小中学生にバスケットボールを指導する活動をはじめていた。大学一年生の終わりから、その手伝いをするようになった。
「僕が大学二年生に進級するのと同時に鈴木代表は大学院を卒業されたのですが、練習会の手伝いは連絡を取り合いながら続けました。継続するうちに、保護者の方々から『指導に来てくれないか』と県をまたいで呼んでもらえたりするようにもなって、僕のなかで活動の存在が大きくなっていきました。『指導する子どもたちのバスケットボール人生にもっと貢献したい』という気持ちが芽生えたのです」
大学卒業の時期が近づき、教育実習もしっかりとこなして、当初の目標である教員への道筋ははっきりと見えていた。しかし、気持ちは傾き切っていた。鈴木コーチに連絡を入れ、バスケットボールの指導者として歩んでいくことに決めた。
「大学四年生の春に『この活動を仕事にしたいと思っています』と伝えました。バスケットボールを教えることが、人生の充実につながると思ったのです。鈴木代表と一緒にこの活動を続けていけば社会人として成長できると思えたし、ERUTLUCという環境が自分の人生をより良くしてくれるはずだ、と確信して決断しました」
コートでは常にエネルギッシュに
全力を尽くし『感動』を得る・与える
ERUTLUCに入社して間もなく、関谷コーチは出張指導で富山県高岡市を訪れた。ある中学校の女子バスケットボール部からの依頼だった。チームは直近の大会では地区大会で敗退し、県大会出場を逃していたが、彼女たちに目標を問うと『私たちは県で優勝したい』と口を揃えた。
「なかなかすごいことを言うな、と思いましたね。でもそれが目標なら、一緒に努力するのが僕の仕事。県で一番になるために、多くのことを要求しました」
指導できるのは二カ月に一回程度。限られた時間を有効活用するべく、関谷コーチは次回の指導までに超えておくべきハードルをチームに課した。難しい目標の達成を目指すのだからそのハードルはそれなりに高いものになったが、二カ月後に再び富山を訪れると、彼女たちはクリアして待っていた。関谷コーチは嬉しい驚きを感じ、同じようにハードルの設定と達成を繰り返してチームは着実に強くなっていた。そして迎えた最後の夏の大会。地元の強豪を制して優勝を果たし、最も高い最後のハードルを跳躍して見せた。
「どうしても勝てないチームがひとつあって、決勝戦はそのチームとの対戦になりました。一度として勝てなかった相手に最後の最後で勝てたとき、チームのメンバーも、その保護者たちも、みんなが泣いていました。僕はその光景を目の当たりにして、大きな感動を得ました」
その経験から、関谷コーチは指導理念に『感動』を掲げるようになった。見る者に感動を与え、チームメイトと感動し合える選手へ成長して欲しい。そのマインドを子どもたちに伝えるため、常にエネルギッシュに行動する。
「感動のためには、全力を尽くすことがベースになります。手を抜いて感動することはないし、与えることもできない。それを伝えるために、常に自分がエネルギッシュでいるように強く心がけています。そう簡単に理解してもらえるものではないけれど、エネルギッシュに問いかけていけば、次第に染みわたっていくようにして伝わると思うのです。『この人、暑苦しいけどしょうがないからやってやるか』って、呆れられたっていい。子どもたちの全力を引き出すまで、あきらめてはいけない」
言葉にするだけでは、子どもたちは跳ね返してしまうと関谷コーチはいう。自らが常にエネルギーを纏って指導にあたることで、熱意と情熱は浸透していくのだ。しかしその指導は決して説教じみたものではなく、生徒たちと友人や兄弟のように接することもある。コートのなかではエネルギッシュに、コートの外ではフレンドリーに、そのメリハリが生徒たちを惹きつける。
シュートはモチベーションになる
指導法は進化し総合的なレベル向上へ
関谷コーチの得意指導分野はシュート。しかし学生時代は、決してポイントゲッターとは言えないプレーヤーだった。小学生のときは他のスポーツに打ち込んでおり、ミニバスの経験がないままに中学からキャリアがスタートしたため、スキルよりフィジカルを武器にプレーするタイプだった。転機になったのは大学時代。千葉大学男子バスケットボール部で日高哲朗教授に出会った。当時の千葉大学男子バスケットボール部は、ヘッドコーチを務める日高教授をサポートする形で、鈴木コーチが日々の指導にあたっていた。
「日高先生はお忙しい方だったので、体育館で教えていただけるのは週に一回くらい。僕は日高先生が体育館に入ってくるたび『先生、教えてください』と積極的に声をかけて、休み時間にも『五分だけでも』とプレーを見ていただいていました。スキルがあまりなかったこともあって、短い時間ながら指導を受けるうちにシュートがよく入るようになりました。指導の面でも、『こういう風に教えれば子どもたちにうまく伝えられるんだ』と、とても勉強になりました。上達を促して、子どもたちをたくさん喜ばせられる日高先生のようになりたいと思いましたね」
鈴木コーチの師でもある日高教授の指導法は、現在のERUTLUCの指導法のベースとなっている。なかでもシュートはとりわけその影響が濃く、プレーヤーとコーチの両面で日高教授の指導を体験した関谷コーチは、必然的にシュート指導に秀でた指導者へと成長していった。
「中学一年生のときに、部活で初めてシュートを決めたシーンを今でもよく覚えています。二十年以上経過しても忘れないくらい、決められたことが嬉しかった。シュートはバスケットボールに熱中するきっかけ、そして打ち込んでいくモチベーションになると思います。より多くの子どもたちに、その想いを感じてもらいたい」
数多くの生徒たちに、シュートを通してバスケットボールの醍醐味を伝える関谷コーチは、その指導をさらに高め続ける。現在は、『体の動かし方』を通じてのシュートのレベルアップをテーマに研究を進めている。
「たとえばジャンプはシュートにおいて重要な要素ですが、その向上のためにはただ筋肉をつければいいというわけではありません。膝をどう曲げるか、股関節をどう使うか……など、筋肉や関節の性能を理解し、体を効果的に動かすことがポイントになるのです」
体の動かし方が洗練されれば、シュートスキルとの相乗効果で、能力を総合的にレベルアップすることができる。日高教授仕込みのスキル理論に、指導者として経験を積むなかで見出した体の使い方の研究。その二つを組み合わせ、関谷コーチのシュート指導はさらに磨かれていく。緻密に構築された指導論は、生徒たち一人ひとりの『感動』へとつながっていくのだ。
PROFILE
関谷悠介(セキヤユウスケ)
1983年8月1日生まれ。
東京都狛江市出身。
得意指導分野=シュート。
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