自分なりの正解をこれからも切り開いていく

今回の主人公は、梁取 柚希(やなとり ゆずき)さん。中学3年生という、バスケットボールキャリアにおいても、人生においても大きな転換期に立つ彼女が、見事に8スターズの称号を手にした。最後の最後、難関を突破するために彼女が選んだのは、リビングでの「自分との対話」だった。1週間という短期間に凝縮された、彼女の葛藤と成長の物語に迫る。

「自分で考え、位置を変える」 リビングで繰り広げられた1週間の激闘

ERUTLUCの技能検定は、基礎的なスキルから、トップレベルの身体操作が求められる1級まで、段階的に構成されている。それぞれの級をクリアし、7つの星と「幻の星」を揃えた者だけが『8スターズクラブメンバー』として認定される。柚希さんが最後に直面した最大の壁、それが1級の『ギャノンプッシュアップ』だった。

得意だったのは『カップリングスキップ』でした。自分で頭の中でリズムを刻みながら、数を数えてやったら、結構スムーズにクリアできました。でも、苦手だったのはやっぱり『ギャノンプッシュアップ』です。まず手のバランス、次に足のバランス。全部が同時に合わさらないといけないので、本当に難しかったです。

最後の1種目を残した時、彼女は場所を「自宅」へと移した。 

家が一番集中できるので、リビングでギャノンプッシュアップをひたすらやっていました。残っているのはこれだけだったので、1週間弱くらいかな、結構集中してやりました。クリアした時は、意外とすんなりできたので、『お、できたな』という軽い気持ちもありました。

なかなかクリアできず、悔しいと思っていた柚希さん。そんな中でも決して諦めることなく取り組み続けることができたという柚希さん。彼女を動かしていた糧とは一体なんだろうか。

なかなかクリアできなくて悔しい時もありましたが、クリアしている友達にコツを聞いてやってみました。周りで一緒にやってくれていたので、『どうやったらいいの?』と聞いて、それを自分なりに試してみたんです。

こうして、周りの力も借りながら、自分でできるまでこだわって取り組み続けた柚希さん。その結果がこの『8スターズ』獲得につながったのだろう。

その傍らで、静かに娘を見守っていた父・徹也(てつや)さんは、当時の柚希さんの様子をこう振り返る。
仕事から帰ってくると、リビングにボールを4つ並べて練習しているんです。本人は『イライラする』と言っていましたが、癇癪を起こして投げ出すようなことは一度もありませんでした。『ふーっ』とため息をつきながらも、また黙々とボールを並べ直す。疲れて集中が切れたらその日は潔くやめる。そして次の日には、またボールや手の位置をミリ単位で変えて工夫しているんです。粘り強く、一つひとつ自分の頭で考えながらコツコツ積み上げる。それが柚希らしさなんだなと、改めて感心しました。

なかなかクリアできない悔しさすらも「ムカつくけれど、どうすればいいか」という思考の材料に変える。柚希さんの持つ論理的な強さが、わずか1週間でのクリアという結果を導き出した。

高校進学を前に、心の土台を固めた「冊子の学び」

8スターズ獲得には、技能の習得だけでなく、冊子『子どものスポーツのすすめ』を通じた人間性の研鑽が欠かせない。中学卒業を控え、新たな環境へ飛び込もうとしている柚希さんにとって、この学びは非常にタイムリーなものだった。

特に印象に残っているのは『第一印象は大事』というお話です。中1の時に初めて読んだのですが、中学2年の終わり頃から高校の練習に参加し始めて、新しい出会いが増える中でより意識するようになりました。これから高校生になると、初めて会う人がほとんどなので、最初に出会う瞬間の振る舞いを大切にしたいと思っています。

また、チームの中で自分がどうあるべきかについても、柚希さんは明確な指針を持っている。
『協調性』についても深く学びました。自分が内容についていけない時や、誰かがミスをした時、みんなで励まし合い、声を掛け合うことが大切だと感じています。チームメイトのカレンがそうやって周りを支える姿を見て、私もそんな存在になりたいと思うようになりました。

かつては「やり切る」という意味が分からなかった時期もあったという。しかし、中3になってラントレや厳しいディフェンス練習が増える中で、彼女の中に一つの変化が起きた。それは一体、どんな変化なのだろうか。

 「中3になってから、プレッシャーをかけて最後まで動く、本気で『やり切る』という感覚がようやく分かるようになってきました。

父・徹也さんはこう語る。 

2年生の終わり頃、少し伸び悩んでいるような、停滞している時期があったんです。でも、そこから3年生になって入れ替え戦を経験し、自分自身で壁を打破して上がってきた。一番小柄な体で、いい仲間に恵まれながら、楽しい思い出を自分で作れたことが、親としては何よりの成長だと感じています。

「やり切る」ことの本当の意味 ―― CPMで駆け抜けた3年間の軌跡

柚希さんの成長を語る上で欠かせないのが、エルトラックのクラブチーム(CPM)での3年間だ。ミニバス時代の監督から「もっと上を目指すならクラブチームに行った方がいい」と背中を押され、彼女はCPMの門を叩いた。そこで待っていたのは、単なるスキルの習得だけではない、深い戦略と強固なメンタリティが求められる環境だった。

CPMで一番の思い出は、ジュニアウィンターカップです。初戦を前に、戦う相手が仕掛けてくるダブルチームのディフェンスをみんなで徹底的に分析しました。その対策を1ヶ月前から準備して練習に励んだんです。本番でその対策がピタリとはまって、自分たちの力で勝てた時は本当に嬉しかったです。

相手を分析し、対策を練り、それをコート上で体現する。そんな高度なバスケットの楽しさを知る一方で、柚希さんは自分自身の中にある「甘さ」とも向き合うことになる。

CPMで学んだ一番のことは『やり切る』ことです。中1、中2の頃は正直、本当の意味でやり切るというのがどういうことか分かっていませんでした。でも中3になってから、ラントレの強度も増し、ディフェンスで激しくプレッシャーをかけ続ける練習を繰り返す中で、ようやく『これがやり切るということなんだ』と実感できるようになりました。

精神的な成長は技術の向上をさらに加速させた。最近ではピックアンドロールのスキルを磨き、ディフェンスの反応に応じて瞬時に判断し、次の一手を選べるようになったという。

そんな柚希さんの3年間の歩みを、父・徹也さんは「心の階段」を登るような日々だったと振り返る。 

最初はただバスケを楽しんでくれればいいと思っていました。1年生の頃は順調に伸びていったのですが、2年生の終わり、HANABUSAに負けたあたりからでしょうか、なんとなく停滞しているように見えたんです。本人の中でもがいている何かがあったのでしょう。しかし、3年生になって入れ替え戦で悔しい思いをしてから、彼女の中で何かが生まれました。自分でその低迷を打破し、再び階段を上がり始めたんです。親から見て、その姿は本当に成長したなと感じる瞬間でした。

また、父・徹也さんはCPMという場所で得た「仲間」の存在も大きかったと語る。 

一番体が小さい柚希ですが、いい仲間に恵まれ、可愛がってもらいながら最高の思い出を作れたようです。これからは高校という、先輩後輩の『縦割り』の厳しい世界に入っていきます。そこでも、冊子で学んだ『第一印象』や人との関わり方を大切に、自分で考えて道を切り拓いていってほしい。これからの3年間も、一番のファンとして追いかけ続けたいと思っています。

CPMで培った戦略眼と、理想のガード像

柚希さんが通ったエルトラックのクラブチーム(CPM)では、ただ技術を磨くだけでなく、頭を使うバスケットを学んできた。その成果が最も現れたのが、ジュニアウィンターカップでの戦いだった。

初戦の前に、対戦相手のダブルチームのディフェンスを徹底的に分析しました。1ヶ月前からその対策をチームで練習して、本番でもしっかり対応して勝てた時は本当に嬉しかったです。最近は『ピックアンドロール』をよく練習していて、ディフェンスの動きを見て判断できるようになってきました。

彼女が見据える理想のプレーヤー像は、日本代表の町田瑠唯選手だ。 

町田選手はパスセンスがすごくて、視野が本当に広いんです。私も左右どちらの手でもパスが出せて、周りを見渡してアシストを量産しながら、自分でも点を取りに行ける選手になりたいです。

その理想に近づくため、今は「フィニッシュの工夫」という課題に向き合っている。最近の練習では、レイアップの際に一度しっかり止まってフェイクを入れ、相手を跳ばしてからシュートへ繋げる動きを意識しているという。 

高校では、フロントチェンジだけじゃなく、相手に取られないようなリップスやビハインドを身につけて、もっと活躍したいと思っています。基礎的なミスをなくして、どんなプレッシャーの中でも冷静な判断ができるガードを目指したいです。

「夢はバスケのできる美容師」―― 二つの道を切り拓く

インタビューの最後に、柚希さんは驚きの、そして非常に楽しみな夢を語ってくれた。
将来はバスケを続けながら、『美容師』になりたいです。

この意外な告白に、インタビュアーからも「将来の私の髪を予約させて!」と驚きの声が上がった。バスケットボールという競技で培った「人の動きを観察する目」や、一歩ずつ着実にスキルを磨き上げる「粘り強い姿勢」は、美容師という職人としての道にも必ず活きるはずだ。バスケットも、夢も、どちらも本気。そんな欲張りな未来を目指して、彼女は一歩ずつ進んでいく。

父・徹也さんは、そんな柚希さんの「これから」を温かく見守っている。

 「高校での3年間、まずは本人が納得するまでバスケを全力で楽しんでほしい。親の世代のバスケは『苦しくても辞められない』という側面もありましたが、柚希はここ(エルトラック)で『バスケは楽しいものだ』と思える環境に出会えました。それが何より素晴らしいことだと思います。ウィンターカップを目指すのか、その先も続けるのか。具体的な形はどうあれ、本人がやり切ってバスケを終え、その後に大好きな美容師を目指すというのなら、それもまた柚希らしい人生です。少なくとも高校の3年間は、変わらず一番近くで彼女の挑戦を追いかけ続けたいと思っています。

最後にメッセージ

・8スターズクラブを目指す後輩たちへ 

最後、1級になると難しいことがいっぱい出てきて大変だと思います。だからこそ、早めに挑戦し始めておいた方がいいです!最後まで諦めずに頑張ってください!

PROFILE

名前:梁取 柚希(ヤナトリ ユズキ)

生年月日:2010年11月10日生まれ

出身:東京都東久留米市

TEXT_藤田 麗奈

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