
今回の主人公は、多田 葉南(ただ はな)さん。東京都板橋区出身、中学3年生という節目に立つ彼女が、見事に8スターズの称号を手にした。彼女の歩んだ3年間は、決して自分一人だけの力で進んだ道ではない。隣にいる仲間の声、そして家族の温かなサポート。それらが重なり合い、彼女は「自らの限界」という壁を鮮やかに塗り替えていった。
一人では越えられない壁を、仲間の「教え」で突破する
ERUTLUCの技能検定は、基礎的なスキルからトップレベルの身体操作が求められる1級まで、段階的に構成されている。それぞれの級をクリアし、7つの星と「幻の星」を揃えた者だけが『8スターズクラブメンバー』として認定される。葉南さんが最後に直面した最大の壁、それが1級の難関種目だった。
「得意だったのは体幹や股関節系でしたが、苦手だったのはツーボールのコーディネーションレイアップでした。特に、2つのボールを空中に上げて、その間に一回転してキャッチする種目がどうしてもできなくて……。練習前にずっと一人で格闘していましたが、なかなかクリアできない日が続きました。」
できない自分に直面し、悔しかったことだろう。このほかにも苦戦したものがあったという。それは、体幹の1級の『ギャノンプッシュアップ』だ。見た瞬間に「これは絶対に無理だ」と決めつけ、挑戦することすら避けていた。しかし、そんな彼女を動かしたのは、隣で競い合う仲間の存在だった。
「チームメイトがクリアしているのを見て、『どうやってるの?』と聞いてみたんです。そうしたら、みんなが集まってきてコツを教えてくれたり、身体を支えて手伝ってくれたりしました。一人で悩んでいた時はあんなに遠かったゴールが、仲間に助けてもらうことで、驚くほどすんなりとクリアできたんです。友達の教えや支えって、本当に大事なんだなと心の底から実感しました。」
その傍らで、父・政人さんは葉南さんの執念ともいえる努力を静かに見守っていた。
「U14の課題だった時期、夏休みの猛暑の中で体育館が使えない日がありました。それでも彼女は諦めず、『外のコートでやる』と。風でボールが流され、シュート軌道が狂ってしまうような環境でしたが、汗だくになりながら帽子を被り、親子で動画を撮りながら格闘し続けました。あの粘り強い時間が、今の『仲間を頼り、共にやり抜く力』の土台になったのだと思います。」
課題から、目標へ。与えてもらっていたものから、自ら取り組み、達成したい目標として日々努力を重ねてきた葉南さんだからこそ、「8スターズ」の称号を手にすることができたのだろう。

技術を磨く先に見つけた「友情」の真意
8スターズ獲得には、スキルの習得だけでなく、冊子『こどものスポーツのすすめ』を通じた人間性の研鑽が欠かせない。多くの選手が具体的な技術論に目を向ける中、葉南さんが選んだのは、成功のピラミッドにある「友情」という項目だった。
「以前の私にとって、友情とはただ『仲良くすること』だと思っていました。でも、冊子にある『友情を求めるためにバスケをするのではなく、バスケを一生懸命求める中で、友情がついてくる』という言葉に出会って、考え方がガラッと変わりました。」
ただ楽しい時間を過ごすだけではない。高い目標に向かって、苦しい練習を全員で乗り越えようと必死になっている時に、自然と生まれてくるのが本当の友情である。その教えは、日々のCPM(クラブチーム)での光景とパチリと重なった。
「全員で協力して、全員で一つのバスケを創り出している実感がすごくあります。だからこそ、誰かがシュートを決めた時に心の底から盛り上がれるし、全員で最高の笑顔で写真を撮ることができる。ピラミッドの教えが、コート上の雰囲気と結びついた瞬間、この学びの大切さを理解しました。」
父・政人さんは、この葉南さんのアウトプットに驚きを隠せなかったという。
「ピラミッドの図は大人でも理解が難しい哲学的な部分です。そこを自ら選び取り、自分の言葉で解釈してみせた。技術だけでなく、精神的な面でも多角的に物事を捉えられるようになった姿に、親として深い成長を感じました。」
停滞期を乗り越えた「10月の覚醒」
友達の母親の紹介で、「ここなら一番楽しくバスケができそう」と門を叩いたCPM。そこには充実した設備とプロフェッショナルなコーチたちが待っていた。しかし、3年間の中には、目に見える成長が止まってしまったような苦しい時期もあった。
「中1、中2の頃は、スリーポイントシュートを打ってもリングまで届かないことが多かったです。頑張って打っているつもりでも、どうしても飛距離が足りない。届く時もあれば届かない時もある、そんな不安定な自分に焦りを感じていました。」
そんな停滞期を打破したのは、彼女が地道に書き続けた「バスケノート」だった。練習が終われば誰よりも早くノートを開き、反省と次の日のポイントを整理する。提出率の高さはコーチ陣の間でも評判になるほどだった。コーチの言葉を一つも漏らさず聞き、父に協力してもらいながらシュートフォームをミリ単位で見直す日々。その蓄積が、中学3年の秋に爆発した。
「去年の10月頃、急激にスポットシュートの確率が上がったんです。最近では、スリーポイントラインの数歩後ろ、ディープスリーの距離からでも迷いなく軽々と飛ばせるようになりました。壁を自分で打破できたという自信が、プレー全体を明るく変えてくれました。」
母・るみ子さんもまた、この3年間で葉南さんと共に歩みを進めた一人だ。
「以前は帰りの車内で、良かれと思ってつい厳しいダメ出しばかりをしていました。でも、コーチとお話しする中で、それでは子供の心は育たないと猛省したんです。意識してポジティブな声を掛けるように変えたある日、葉南から『今日は怒られると思ったのに怒られなかった!』と驚かれました。本人だけでなく、私自身もこのCPMで親として成長させてもらったと感じています。」

司令塔として成長していく
8スターズという大きな勲章を手にし、葉南さんの視線はすでに高校、そしてその先の未来へと真っ直ぐに向けられている。
「ミニバス時代から憧れている中里楓選手(東京成徳大高)のように、攻守の起点となってゲームをクリエイトできるポイントガードになりたいです。これからはスリーポイントの精度をさらに高めること、そしてターンオーバーをゼロに近づけることが目標。最近はコーチからも『判断が良くなってきたね』と言ってもらえるようになり、少しずつ自信がついてきました。」
進学先は保健体育科。バスケ漬けの毎日が待っているが、彼女の興味はコートの中に留まらない。
「高校ではバスケはもちろん、他にもいろんなスポーツを経験したいし、英語ももっと話せるようになりたい。将来はスポーツトレーナーやメーカーでの仕事など、多方面からスポーツに関わる人間になりたいと考えています。」
母・るみ子さんが
「周りの空気を読んで遠慮しがちなところがあるけれど、これからは自分のやりたいことに積極的に動いてほしい」
と願う通り、葉南さんの可能性は無限に広がっている。
最後に、共に戦った仲間たちへの最高の感謝で、彼女はインタビューを締めくくった。
「私が一番最後に受験が終わって練習に行った日、みんながワッと寄ってきて、人生で初めての胴上げをしてくれたんです。嬉しくて、泣いちゃいました。検定をクリアできたのも、この3年間をやり切れたのも、みんながいたからです。本当にありがとう!」
最後にメッセージ
最後に、葉南さんはこの3年間を支えてくれた全ての人へ、心を込めて感謝の言葉を綴りました。
・お父さん、お母さん
「お父さん、お母さん、忙しい中でお弁当を作ってくれたり、送迎してくれたりして本当にありがとう。検定を見てくれたり、素晴らしい環境を整えてくれたコーチの皆さん、本当に感謝しています。そして何より、最後の一押しをくれたチームメイトのみんな。一緒に胴上げして笑い合えた時間は、私の一生の宝物です。ありがとう。」
・8スターズクラブを目指す後輩たちへ
「一人で悩まないで。仲間と一緒に取り組めば、苦しい練習も絶対に楽しくなるし、目標にも早くたどり着けます。最後まで諦めずに、みんなで一緒に頑張ってください!」


名前:多田 葉南(タダ ハナ)
生年月日:2010年5月14日生まれ
出身:東京都板橋区


